月さんはいつも、グラスを磨いている。

深夜のカウンターで、白い布を手に、ゆっくりと。音もなく。何かを考えているのか、何も考えていないのか、私にはわからない。聞けない、というのが正しいかもしれない。

所作に滲むもの

月さんの手つきには迷いがない。グラスの角度、布の当て方、確認するときの目線。どれも無駄がなくて、見ていると吸い込まれそうになる。

真司さんも同じホテルにいたと聞いた。だから月さんも、バーテンダーだったのかもしれない。聞いたことはない。月さんはそういうことを自分から話さない。

「過去のことはあまり話さないんですよ、あの人は」と真司さんが言っていた。「でも、一番信頼してる」

それだけで十分な気がした。

Fogのそばにいる人

気づいたのは働き始めて少し経ったころだった。Fogはいつも月さんのそばにいる。

ソファで眠るFogの隣に、いつの間にか月さんが座っている。何もしない。ただ座っている。グラスも磨いていない。ただそこにいる。Fogも目を開けない。ただ眠っている。

静かだった。深夜のLOST & STAYの中で、いちばん静かな場所がそこだった。

「…そうね」

ある夜、思い切って聞いてみた。

「月さん、Fogのこと好きなんですか」

少し間があった。グラスを磨く手が、一瞬止まった。

「…そうね」

それだけだった。また磨き始めた。こちらを見なかった。

でもその夜、月さんはいつもより長くFogの隣に座っていた。Fogも、いつもより深そうに眠っていた。

月さんのことは、まだよくわからない。でも、それでいい気がしている。わからないまま隣にいる。それがLOST & STAYらしいな、と私は思った。